ナウ・レッツ・ビギン

Now, let's begin!

仁生会の幹部職員が毎月リレー投稿しているエッセーです。

ナウ・レッツ・ビギン一覧

蓋し名言!の2題は、いかが?(№344)

 先日、シアトル・マリナーズのイチロー選手が現役引退を表明しましたが、「イチローが打った日は、お父さん、機嫌がいいね」と妻から揶揄される位のファンであった自分にとっては、一つの時代が終わったな、という想いです。そこで今回は彼に纏わる名言を一つ、ご紹介します。あれは彼が渡米してから6、7年目位ではなかったか、と思いますが、年間最多安打のメジャー記録も達成し、着々と実績を積み重ねていたイチローが、確か20打席くらいノーヒットが続いた後のエンゼルス戦で、突然、3安打かそこらのマルチヒットを打った時でした。試合後のインタビューで、イチローに打たれた感想を記者から聞かれたマイク・ソーシア監督が、こう答えました。
 「君、世の中には決まってることというのがあるんだよ。人は死ぬ。イチローは打つ。」
 私、唸りましたね。この記事、確かUSA Todayという米国の全国紙に載っていたと思うのですが、以降、しばらくはこの全国紙の記事に眼を通すのが楽しみでした。
 もうひとつ。私はここ数年、旧い映画を、特に海外ものを観ているのですが、その中に「お熱いのがお好き」というのがありました。本作は2000年に全米映画協会が選ぶコメディー映画ベスト100で第1位に輝いた名作で、一般には主演のマリリン・モンローが有名ですが、実は、知る人ぞ知る、という最後のシーンがあるのです。その場面はこうです。
 1920年代のシカゴ、食うに困った2人の芸人が女装して女性ばかりの劇団に紛れ込み、遠征に繰り出します。うちの一人、ジャック・レモンがマイアミのショウで、やもめ暮らしの大金持ちに一目ぼれされます。小柄な初老の大富豪から求婚されて、

 レモン「ほんとのこと話すわ。私たち結婚できないの」 →大富豪「なぜだい?」
 レモン「あたし、ほんとは金髪じゃないの」 →大富豪「気にしないよ」
 レモン「あたしには醜い過去があるの」 →大富豪「許すよ」
 レモン「あたし、子供を産めないの」 →大富豪「養子をとればいいさ」
 レモン「わからない人ね。俺、男なんだよ」 →大富豪「Well, nobody's perfect.」

 最後だけ英語にしましたが、これも「えっ」という感じ!忘れられない一言です。

(JF)

元号改正年に臨んで(№343)

 はて?何をテーマにしようか?と悩んだ末、今年の10大ニュースにきっとなるに違いない「元号改正」にしようと決めた。
 元号について調べてみますと、江戸時代までは、政変・天変地異・疫病などで社会秩序や人心が乱れた時、天皇が世を一新する希望を込めて元号を改正したという。飛鳥時代・大化の改新(645年)の「大化」が1番目で、現在の「平成」は247番目らしい。南北朝時代には、天皇家が両立して2つの元号が並立したので二重カウントになっている。(信じがたいが、中学時代に歴代天皇と元号をすべて暗誦できる博覧強記に出会った。彼には運動以外何事にも敵わなかった思い出がある。)
 最も短い元号は、鎌倉時代の四条天皇治世の「暦仁(りゃくにん)」である。相次ぐ天災による元号改正で、わずか2ヶ月14日で終わった。このとき救済を祈願して鎌倉大仏も創建されたとか。元号最多改正記録保持者は室町時代の後花園天皇である。かなり政情が不安定だったのでしょう、治世36年間に9回元号改正している。彼の在位晩期には応仁の乱が勃発しております。一方、長期間の元号は1位「昭和」64年、2位「明治」45年、3位「応永」35年、4位「平成」31年である。最近の元号が長期であるのは、明治時代からは1天皇1元号とされたためですね。
 興味深いことに元号にあやかって創建されたお寺が散見されます。延暦寺(788年創建)、仁和寺(888年)、建仁寺(1202年)、建長寺(1253年)、明徳寺(伊豆、1391年)、寛永寺(1625年)などなど。元号が異なれば違う寺名になっていたかも・・・。
 私は、元号を挟んだ年数を計算するのが苦手で、全て西暦にすれば楽なのにと常日頃思っていたが、今回元号について調べてみて、元号が時代とともに生きてきたことを実感した。だから、元号をなくすのはもったいないな、あってもいいかなという気がしてきた。私にとって2度目となる今回の元号改正にはおまけがある。世間一般的には、空前絶後の10連休がもれなく付いてくるのだ。
 さて、皆様は新元号・10連休のどちらを楽しみにしておられるのでしょうか?

(古今)

電子カルテの使い方(№342)

 使わざるを得なくなったのでつらつらと負けおしみを言っておく。
 まだ日本に数百台しか業務用コンピューターがないころ、会社の指示で、数ヶ月電子計算機の夜学に通って勉強した。その結果、まだ会社に導入するのは早いという結論を報告した。その時は、結局そのコンピューターシステムは、全国的に不評で面目を施した。
 医療における電子カルテの出自は、基本的に、医事業務から発生した。それが、他の部門にも波及して、とうとう、医師や看護師のところに押し寄せてきた形である。基本的に、コンピューターシステムは精緻性(融通が利かない)を旨とする。その結果、曖昧な部分や判断を要する部分などは、すべて医師と看護師に押し付けるシステムである。これに対抗する手段として、マニュアルが存在するが、これが説明文にしか過ぎない。実はマニュアルとは3つの要素を持つべきものである。すなわち、①説明書、②フローチャート、③チェックリストである。日本のマニュアルたるものは、説明書にしか過ぎない。しかも電子カルテは医師や看護師の側から作っている訳ではない。今の電子カルテの決定的欠点は、3番目のチェック機能がないという点である。がん検査の結果の見落とし等、防止するのはシステム的にはごく簡単であるが、現在の電子カルテにはそれがない。最終的に医師がすべてのデータを見て、対応すべきであるという代物である。40人以上の入院患者の定期検査をすべて医師が診る。以前は紙媒体が目の前に届けられ、検査する人も、看護師も診てくれていた。これからは、医師は検査結果に関し、いつ出てくるかも管理しなければならない。看護師に見る義務はないわけであるから、もう助けてもらうわけにはいかない。といってソフトメーカーが悪いわけではない。ただ、全国の医師が一人当たり2万円も出してソフトを作ればいいだけの話であるのが悔しいところである。
 文句を言って少しすっきりした。機械如きに負けるつもりはない。

(アナクロ)

リーダーシップ(№341)

 平成最後の年が明けました。年末年始はそれぞれに過ごされたと思いますが、特に勤務だった方々には感謝の気持ちをお伝えしたいです。ありがとうございました。皆様のおかげで仁生会は機能を発揮し続けることができました。
 さて、30年前は何をしていたのかと思い出しますと、昭和天皇崩御の報道に驚くことなく、割と冷静に報道番組を見ていた記憶がよみがえります。どの番組も同じような内容の繰り返しで、すぐに賞味期限が過ぎてゆきました。誰がリーダーシップを発揮して番組を作成しているのか全く伝わってきませんでした。
 30年が経過した現時点でも同じような状況かと思いますが、我々の医療現場ではいかがでしょうか? そうリーダーシップです。
 広辞苑では「指導者としての地位または任務。指導権。」「指導者としての資質・能力・力量。統率力。」と記載されています。つまり、リーダーシップは指導者に求められるものとして捉えられています。逆に言いますと、指導者でないものにリーダーシップを求めていなくて、極端に言えば指導者でないものにリーダーシップは不要だとも取ることができます。
 本当にそうでしょうか? 私は違うと思います。
 入職1年目であれ、20年目であれ、どのような職種、どのような役職であれ、すべての職員にリーダーシップは求められていると私は考えます。日常の業務のなかで気づいた疑問点、本当にそれでいいの?と不思議に思う心、こうすればもっとうまくできると思うと提案したい気持ち、それらがまさにリーダーシップではないでしょうか。すべての職員がこのような気持ちをもって、意識をもって、同じ向きを向いて進むことができれば、職場は進化し続けることができると思います。皆さんの気持ち、意識を的確に捉え、まとめ、そして現場にフィードバックするのはもちろん管理職のつとめです。皆さん、今年一年リーダーシップを持ってみませんか?

(ウクレレ狸)

素人の、素人による、素人のための仏さま 第一章(№340)

 1年振りで仏様の話です。前回、仏様(像)の世界は4段階に分かれた階級社会で、高いランクから順に如来、菩薩、明王(みょうおう)、天となっていることを書きました。
 最高位の如来は悟りを開いた者を意味し、全体的にはかなり質素な身なりをしているのが特徴で、大きくは釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、薬師如来があります(奈良→平安→鎌倉と時代の変遷が関わってきます)。釈迦如来は仏教の開祖であり実在したブッダ(ゴータマ・シッダールタ)のことで、基本となる仏様です。薬師如来は左手に薬壷を持ち東方(瑠璃光)浄土で人を救い、阿弥陀如来は西方(極楽)浄土で人を救うとされる。大日如来はほかの如来と異なり装身具を身に着け、きらびやかに着飾っています。密教の最高仏で、密教の世界観においてはすべての仏(釈迦如来も)は大日如来の化身であると解釈されています(素人にはなかなか理解しにくいところです)。
 如来には助さん角さんのようなサポート役(脇侍 わきじ/きょうじ)がおり、階級が1つ下の菩薩が担います。その組み合わせは次の如くで、寺院ではセットで3体が並んで祀られていることがあります。
  釈迦如来:文殊菩薩と普賢菩薩
  薬師如来:日光菩薩と月光菩薩
  阿弥陀如来:観音菩薩と勢至菩薩
 菩薩は、悟りをひらくための仏道修行に励みながら、悩み苦しむ衆生(人々)を救おうと尽くす仏様とされていて(忙しそう!)、如来と比べて着飾ったり装飾品を身に着けていることが多いようです。有名なのは「慈悲」を神格化した観音菩薩で、基本となる聖(しょう)観音(単に観音様という時はこの観音を指すよう)と、そこから変化したものとして千の手(千の眼も持っている)で自在に人々を救済する千手(せんじゅ)観音、十一の顔を持ちさまざまな方向から衆生の声を聴き救済する十一面観音などがあります。観音の他になじみが深く人気の菩薩には地蔵菩薩があり、これはお地蔵さまと呼ばれ親しまれています。地蔵菩薩は、ブッダが亡くなってから地上に弥勒如来が現れるまでの56億7千万年の間(?)、生きとし生けるものを救済する役割があるのだそうです。その他、「3人寄れば文殊の知恵」の文殊菩薩は知恵をつかさどる仏で獅子に乗っている姿が多く、五台山竹林寺にもご本尊として祀られている(秘仏であり50年に1回しか公開されない)のを知っている方も多いのでは。如来も菩薩も、立像や座像などいろいろな姿勢をとっているものがあります(如来には座像が、菩薩には立像が多いような気がしますが)。
 以上、少しややこしくなりましたがお寺の仏様を観る時に少し参考になれば幸いです。
 To be continued(次は明王、天について)

(神仏習合)

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